Texas Long Horn

どんなプラチナよりダイヤよりバラよりキミよりナオンより、このベルトは美しい。
もし今日、テキサスと聞かれたら、ほとんどのくだらない日本人はテキサス・レンジャーズと答えるだろうが、
オレにとっては、ロングホーンであり、ファンク道場であり、その次に来るのが勝野洋である。
日本のプロレスもアメリカのプロレスも同じと考えているように、オレにとっては野球もそうである。
ダルは日米の変な比較を意識することなく、ジャンボのAWAサーキットのように気楽に旅してもらいたいし、
最後はマーテルに丸め込まれて帰って、ベイに入るのもよいだろう。テキサスの生きた化石にだけはなるなよ!
オレはレンジャーズに6000万ドルで誘われるよりも、6ドルでアマリロのファンク道場に入門させてもらい、
ドリー・テリーの指導のもと、ジャンボ・ハンセン・バックランド・オジキとともに、世界王者を目指したい。
☆世界三大王者
・NWA世界ヘビー級王者 (ナショナル・レスリング・アライアンス)
・AWA世界ヘビー級王者 (アメリカン・レスリング・アソシエーション)
・WWF世界ヘビー級王者 (ワールド・レスリング・フェデレーション)
GHC(グローバル・オナード・クラウン)や、IWGP(イケブクロ・ウエスト・ゲート・パーク)とは、歴史も格も違う。
オレの部屋のど真ん中に飾られているジャンボも、このハンセンの写真もニックモデルのAWAのデカイベルトだ。
レスラーとしては最高峰のふたりだが、ベルトとしてはセカンド・ラブなAWAしか巻いていないし
ナショナルでもワールドでもなく、アメリカンオンリーなジャンボとハンセンがたまらなく愛おしいし懐かしい。
もし、好きなものをひとつあげると言われたら、家でも車でもなく、間違いなくこのチャンピオンベルトと答える。
☆1980~90年代、新日本プロレス、全日本プロレスの2大リングで、
伝家の宝刀「ウエスタン・ラリアット」を武器に何度も頂点に立った外国人レスラー、スタン・ハンセン。
日本人にもっとも愛された外国人レスラーである。
――ハンセンさんの必殺技といえばウエスタン・ラリアット。
1976年、ニューヨークにおけるブルーノ・サンマルチノ戦で初公開しましたが、この技名の由来は?
「オレはテキサス生まれでカウボーイのキャラクターだったから、
ラリアット(投げ縄)が一番いいと思って自分で命名したんだよ」
――アメリカでは一般的に「クローズライン」と呼ばれてますよね。
「クローズラインというのは、物干し竿という意味なんだ。
アメリカの家庭によくある光景で、裏庭で子供たちが走り回って物干し竿に首を引っかけて倒れる、
それがこの技の語源だよ。でも、プロレスより先にアメリカン・フットボールで使われていたんだ。
相手のパスを防ぐために首に腕を引っかけて倒す。その動きをオレがプロレスに導入したってわけさ」
――なるほど~。ハンセンさんのラリアットは、年を重ねるごとに一撃必殺になっていきましたね。
「そうだね。全日本プロレス時代には、最後の一発という意識をより強く持っていたから、
鋭くなっていったのは間違いないね。今では一日の大会で、20回以上見られる技だけどね(笑)」
――ヒールの意識が強かったと思いますが、アンドレ戦では観客の声援をみても完全にベビーフェイス扱い。
「あの試合に関してはそう見えたかもしれないが、ベビーとかヒールの意識を持って
試合をしたことは一度もないよ。自分はスタン・ハンセンでしかない」
――アメリカではベビーとヒールの区分は強いですよね。狂信的なファンが刃物で襲いかかってきたことも?
「昔は、リング上で起きていることが、すべて真実だと思って見ているファンも多かったからね。
自分が応援している選手を守るために、リングに飛び込んでくる人もたくさんいたよ」
――そういったファンから身を守るためにブルロープを振り回していたとか?
「そういう目的じゃないよ(笑)。あれはあくまでもカウボーイ・キャラのプロモーションであって。
ただ、オレはものすごい近視でね、結果的にはずいぶんファンをロープでぶん殴ってしまったな(笑)。
ホントに何も見えなかったから、リングがぼんやりと照らされていて、
その光に向かって、ロープを振り回して向かっていっただけなんだけど(笑)」
――リング上で味方と敵の区別はついたんですか?
「どこにいるかはわかるし、輪郭で判断はついた。
でも、痛がってるとか苦しんでるとか、相手の表情までは見えないから、お構いなしに攻めたね(笑)」
――引退を決意したのはいつですか? 理由は?
「あれは2000年の全日本の秋のシリーズだった。来日前は、まったく引退なんて考えてなかったんだ。
シリーズ終盤戦で、天龍のパワーボムを食らって失神して、下半身の神経が麻痺して動けなくなってしまった」
スティーブ・ウイリアムスに抱えられて控室に戻されて……あんなことは初めてだったし、
そこまで肉体が弱っていたなんて想像もしていなかった。そのときに「やめよう」と思ったんだ。
神様がもうやめろと言っているんだとね。最終戦の武道館でタッグマッチをやって、そこでスパッとやめたよ」
――やめたのはご家族のため?
「いや、プロレスラー、スタン・ハンセンのためだよ。
以前から自分で納得のいく試合ができなくなったらやめようとは思っていたんだ」
――ハンセンさんのライバルたち、アンドレ、ジャンボ鶴田、三沢光晴、若くして亡くなったレスラーも多いですね。
「キックボクシングやほかの格闘技の選手は、こんなに早く死ぬかい? リングの上で死んだ人がどれくらいいる?
ほかの格闘技を批判しているわけじゃないよ。プロレスは「フェイク」という言葉でよくバカにされることがあるけど、
フェイクだったら、なぜ三沢やゲーリー・オブライトはリング上で死んだんだ?」
――試合数も多いですしね。
「量が違うんだ。年間300試合もザラという時代もあった。
プロレスは最も過酷で厳しい、肉体管理の難しいスポーツなんだ。
オレ自身、両肩、両膝、背骨に人工関節が入っている。闘いの代償さ。
だから、これほど肉体を酷使するスポーツはほかにはないと、自信を持って言えるよ」
――今はどんな日常を送られているんですか?
「いわゆるリタイアメントライフだよ。ふたりの子供が野球をやっていてね、
なるべく彼らのプレーを観に行くようにしている。あとは健康のために歩いたり、有酸素運動を週に5、6回」
――ところで、日本では女のコを積極的に誘いもせずに、気がつけば30代で童貞という男が増えているんですよ。
「30代でチェリーボーイだって??
昔は恥じらいというものが日本人の美徳であったと思うが、そんなレベルじゃないわけだな……。
これはアメリカも同じだけど、インターネットやフェイスブックばかりで、
肌と肌のコンタクトを避けるようになってきた。健康的じゃないよね。
人生は短いんだから、好きな女のコには積極的にアタックするべきだよ。
オレなんて、女のコからのアプローチをずいぶん断ってきたもんだ……ジョークだよ(笑)。
若い人たちは、『プレイボーイ』を読んで、DVDでオレの試合を観て、アグレッシブに生きてほしいね!」
2012-01-19 19:44
nice!(0)
コメント(2)









今宵はタレント名鑑の2時間SPがあるから余裕だと思ったら、
裏のBS日本のうたは、五木ひろし&由紀さおりかよ!
また無駄に、オレのドリー・ファンク・ジュニアのようにかぶりやがって…
どっちか追っかけて、EXILEの美輪明宏にでも繋げて、ヨイトマケの唄を見るかな。
一部で話題沸騰中の、別冊宝島「プロレス黒い霧」の話題は、
まだオジキも買っていないかも知れないから後日にするとして、
1.4のブック並みに、予想通りだったほのぼのしたネタでも行くか。
それにしても、本文とこれじゃ口調が違いすぎで笑えるよ。
おそらく素顔のハンセンは、本文のような感じの紳士だと思うけど、
リングに上がったらこんな感じか。裏表があるところが、スーパースターの証だぜ。
☆ダルビッシュ有(25)のレンジャーズ入団決定から一夜明けた20日、
本拠地テキサス在住の元プロレスラー、スタン・ハンセン氏(62)が
電話取材に応じ「試合を見に行きたい」と応援宣言した。
「テキサスの暴れん坊」「不沈艦」と恐れられたハンセン氏が、
生まれ育ったテキサスにやってくる“日本の剛腕”にエールを送った。
ダルビッシュの移籍は「連日、新聞などで大々的に報道されているから知っている。
しかしヤツのことをオレに聞くってかぁ。うれしいぜ」と
就寝前にもかかわらず、スポニチの取材に快く応じてくれた。
特に気になっているのは1メートル95の高身長。
「おいおい、6フィート5インチ(約1メートル95)と言えばオレと同じじゃないか!
テキサスでもそこまで高いヤツはそうそういない。こいつは目立つぜ」
「でも馬場さんよりは低いな。ウッハッハ」と、7フィート(約2メートル9)だった
かつての好敵手、故ジャイアント馬場さんと比べてみせた。
ハンセン氏は2000年に引退を表明するまで25年間、
日本のリングで大暴れ。必殺技ウエスタン・ラリアットと、
右手の人さし指と小指を立てて「ウィーッ!」と叫ぶポーズで一世を風靡した。
「スターになるにはキラー・テクニック(必殺技)が必要だ。
でもヤツはコントロールも良く、球種も豊富。
テキサスで新しい必殺技は必要ないぜ」と1年目からの活躍に太鼓判を押した。
ハンセン氏が“ダル情報”に精通しているのには理由がある。
実は3男のシェーバー・ハンセン(24)がマリナーズのマイナーリーグに
二塁手として在籍中。「野球は大好き。大学野球などよく見に行く」という。
レンジャーズの本拠地アーリントンから約160キロの所に住んでいるため
「レンジャーズの試合は殆ど行ったことがないが、
今年はチャンスがあれば行くぜ」と、ダルビッシュの活躍が楽しみな様子。
「オレの息子がメジャーに上がって、対戦する日が来ることを祈っている」と熱望した。
ハンセン氏は生まれも育ちもテキサスという、
根っからのTexan(テキサン、テキサスの人という意味)。
ダルビッシュにも「一日も早くTexanの仲間入りをしてほしい。
それには“外野の雑音”は気にせず、ピッチングに集中することだ」とアドバイス。
奇しくも、数々の名勝負をしたアントニオ猪木(68)の
名文句「迷わず行けよ、行けばわかるさ」と同じ意味だった。
by Jumbokuchibi-Baygodzilla‐Julie (2012-01-22 14:47)
「ジョー!小島貞ごときが、ダービーを2度も勝っていいのか?消えるぜ」
1995年の皐月賞じゃ、本命:ジェニュイン、対抗:タヤスツヨシ、
穴:オートマチックで完璧に当てたにもかかわらず、ダービーじゃタヤスを切ったよな。
なんかさあ…誰々は2年連続で買っちゃいけないとか、
ワケのわからん裏読みばかりして、あの頃は楽しかったよな。
こんな腐った世の中じゃ、福永ジュニアごときが2週連続重賞制覇で、
万年社台の運動会だろ。いま、熱い血はどこにもない。
92年:ミホノブルボン(オヤジ&かあちゃん)
93年:ウイニングチケット(モリシ&ジョー?)
94年:ナリタブライアン(ジョー、そして帰りの駅で天笠)
95年:タヤスツヨシ(ジョー)
しかしあいつは知っていた、熱い当時を。
考えてみりゃ、4年連続で府中に行ってたんだよな。
オレなんかタヤスだけど、一般的にはミホノブルボンってか。
淀でブルボンが勝っていたら、三冠達成の日にオレも洗足池で草食卒業達成よ!
あれで、的場が差すから、オレもいまだにライスシャワーとは無縁なんだろうな。
最後に府中へ行ったのは、98年のダービーかな。
「あの野郎!年増の女が出来たからってセコくなりやがって!」なんて、
いまだに、ジョーとオジキに恨まれているんじゃないかと心配でならないぜ。
あいつもホンモノのワルじゃないし、14年弱にかこつけて勘弁してやってくれ。
昨日はさ、予定通りのローテを組み、
ザ・タイガース(トッポ&シロー抜き)を挟んで、おしゃれ30:30の布袋を見ていてね。
何でもかんでもジュリーを褒めるわけではないが、トッポとシローについても、
きちんと言及してたジュリーも丸くなったよね。男はそうだろと思うと同時に、
チェッカーズとハウンドドッグのしょっぱさに、関係ない所でまた腹が立った。
さて、「布袋なんか、ロックでも何でもない!山下久美子に失礼だろ!」って
吠えたら、あいつにやたらと褒められてさ。
そりゃそうだろ、再婚は構わないけどいい歳したおっさんが、
人前でべらべらと略奪嫁といまの娘を語るなんて、男の風上にも置けないよ。
市村正親とかと同じで、男と女に口は出さないから、おまえらも黙ってろや。
そんで、予告通りEXILEに変えたら、
「この唄はいいけど、あんたは見ない気がして。ところで、ヨイトマケって何?」
そっち方面は得意だから、嬉々として歴史について語ったらまた褒められた。
こいつがオレを褒めまくるなんて珍しいなと思ったら、11時前に寝やがって…
仕方なく、「ホンネ日和」の石田純一&いしだ壱成をピンで見てたけどね。
芸能人って金になりゃなんでもいいんだろうし、さすがのオレも引いたわ。
別にいしだ壱成(37歳)が、パクられたからとか関係なく、
ホント、父というか男としての石田純一って根っからのクソだなw
そりゃ、人間は自分勝手だが、自己快楽のみの人間は他人を引き込んじゃいけない。
オレと同い年なのに、あんなクソ親ってのは心中お察ししますわ。
何の反省もなく、ただ再会できたから良いって?てめえが、息子に詫びろや。
いしだってのもバカだけど、あいつら親子?に人生なんて語って欲しくないわ。
オレはだーれのせいでもありゃしないが、いしだは父のせいで前科者なんだろうな。
比べて、4年連続バラエティーに富んで、しかも少しずつメンツが変わるオレは幸せよ。
唄は好きだけど、君だけに愛をなんてことは未来永劫ありえない。
だって、親・友だち・女ってベクトルが違うから。さしずめ、オレは三冠達成だぜ。
by Jumbokuchibi-Baygodzilla‐Julie (2012-01-23 23:31)